どうも「スピカの民」です。
いよいよ、私が現在も住んでいる物件へ引っ越すことになりました。
家賃も1万円ほど安く、間取りは2LDK。
この部屋へ引っ越すにあたり、自分で軽バンを借りて運べる量まで荷物をダウンサイジングすることにしました。
何を手放そうか。
時間をかけて一つひとつ向き合う時間はとても新鮮で、同時に不安も大きかったです。
「いつか使うかもしれない」
「後悔するかもしれない」
そんな気持ちを抱えながら、少しずつ選別していきました。
ですが、手放すと決めた物が増えていくにつれて、不思議と「これもいらない」と判断できるスピードが上がっていきます。
まるでスイッチが入ったかのように、次々と手放すことへの抵抗がなくなっていきました。
そして、以下のものを手放しました。
・テレビ
・テレビ台
・PS4
・ソファ
・ニトリの暖炉ヒーター
・ローテーブル
・タンス2台
・ニトリの食器棚セット
・ベッドフレーム
・マットレス
・プラモデルセット
・インテリア小物20点以上
これらをすべて手放し、新たにポップインアラジン2とダイニングテーブルセットを購入して引っ越しをしました。
冷蔵庫と洗濯機は業者さんにお願いし、それ以外はすべてレンタカーの軽バンで往復して運びました。
家具をレイアウトした部屋には余白が生まれ、その心地よさを今でもよく覚えています。
ですがその頃の私は、まだ「モノに囲まれた生活こそが豊か」という考えを手放しきれていませんでした。
徐々に、また物が増えていきます。
キッチンには自作の棚を作り、珈琲用のカウンターも設置。
木材を買ってきては、棚や家具を作る日々が続きました。
「どうせ出るときにバラせばいい」
そう思いながら、ひたすら作り続けました。
気がつけば、再び部屋はモノで埋め尽くされていました。
トコジラミが出たことをきっかけにベッドを購入し、
さらにスロット台まで購入。
もちろん棚も自作して、本当に同じことの繰り返しです。
今振り返ると、「何を学んできたんだろう」と思うほど、モノを増やしていきました。
冬にはエアコンを使わないために石油ストーブを2台購入し、ラグマットも追加。
部屋は整理整頓されていて見た目は綺麗でしたが、どこを見ても物がある状態でした。
そんな中、珈琲屋として独立するために、大きめの焙煎機と大量の生豆をストックするようになります。
そこで初めて、「置く場所がない」という現実に気づきました。
この物件の収納は押し入れが1つだけ。
以前の部屋には3つあったことを考えると、明らかに足りません。
押し入れはすでにパンパンで、見える場所に移動させてスペースを作る。
つまり、「減らさずに移動しているだけ」だったのです。
そんな頃、よく立ち寄っていたBOOKOFFで「ミニマリスト」や「持たない暮らし」といった本がやたらと目につくようになりました。
あまりにも目に入るので、何か意味があるのかもしれない。
そんな半分スピリチュアルなきっかけでしたが、
私の「思い立ったらすぐ行動する性格」が動きます。
「ミニマリストを目指してみよう」
そう決めた瞬間から、今までこだわって集めてきた物も、迷いなく手放せるようになりました。
食器や家具、自作の棚やカウンターもすべて。
もちろん、解体作業は骨の折れるものでした。
それでも、「本当に必要な物だけを残す」というスタートラインに立つために、ひたすら手放し続けました。
ここで少しだけ補足すると、私には妻がいます。
3件目の物件で出会い、4件目で結婚しました。
そんな妻が引くほど、私は物を手放していきます。
スロット台を買うにも何を買うにも何の文句も言わずに見守って来てくれた妻ですが、今回も何も文句も言わず、むしろ物がない方がいいと賛同してくれました。
ここまでくると、かつて自分が集めていたモノに、どれほどの執着があったのかと考えさせられます。
ですが今、手放したことへの後悔は一切ありません。
むしろ、心まで軽くなったような感覚があります。
「こんな世界があったんだ」
大げさかもしれませんが、本当にそう感じました。
不思議と朝はすっと起きられるようになり、
テーブルに物があれば自然と片付けるようにもなりました。
無理をしているわけではなく、自然とそうなるのです。
収納の少ないこの物件に引っ越してきて、本当によかったと感じています。
出店用の道具や珈琲の生豆は唯一の押し入れに収めていますが、
それがなければ、その中で横になれるほどの余白があります。
ようやく私は、ミニマリストとしてのスタートラインに立つことができました。
次回は、残した物と買い足した物。
そして、このスタートラインからどう進んでいくのかをお話しします。

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